岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist
精神科医が日常的な思いつきを綴ってみる
2017年12月15日金曜日
パラノイア 7
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ところで私が長年温めている仮説をまだ書いていなかった。私が AS の文献を読んでいて思うのは、 AS の場合に感謝の念をなかなか抱けないということだ。そもそも感謝とはいったいなんだろう?人から何か施しを受ける。おそらくそのときの感謝の念は、そのときの喜びの大きさと密接に関係して...
2017年12月14日木曜日
パラノイア 6
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この著者の主張で非常に興味深いのは、 AS の人は、最初からつらい思いをしているというのだ。考えてもみよう。周囲となかなか波長が合わない。そしてその理由を自分はわからない。これは際立った身体的な特徴のために仲間はずれされるというのとはかなり事情が異なる。一人だけ異なる人種だから...
2017年12月13日水曜日
パラノイア 5
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相変わらず来年の3月の「パラノイア」の発表のため、思索を続けている パラノイアと執拗さ 発達障害にはそれに関連した執拗さが見られる。執拗さとパラノイアは表裏一体という気がする。ある発達障害の人は、(中略)と言い、セラピストはその感性を耐えがたいと感じた。彼らは人を疑...
2017年12月12日火曜日
パラノイア 4
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人の心を読みすぎる病理としてのパラノイア 私たちはしばしば他者の気持ちを予想し、あるはそれに同一化して、それに応じて自分の振る舞いを決めることがある。人の心を読むという私たちに本来的に備わっている性質がパラノイアにも深く関係しているのだろう。しかしここで問題がある。人の...
2017年12月11日月曜日
愛着と精神分析 5
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アラン・ショアの提唱する新しい愛着理論 神分析における愛着理論をその高みにまで進めた人としてアラン・ショアの名を挙げたい。ショアは愛着と分析理論と脳科学的な知見の融合を図る。早期の母子関係は現在は脳科学的な研究の対象ともなっているのだ。早期の母子間では極めて活発な情緒的な交...
2017年12月10日日曜日
パラノイア 3
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パラノイド的なナラティブは、一種の天啓として現れる 私の印象では、パラノイアというのは、一気に嵌るものである。何かたくらみが行われているのではないか、という疑念は皆が持つことがあるだろう。しかしパラノイアには、それが一瞬にして結晶化され、「そうだったんだ」という確信に近...
2017年12月9日土曜日
パラノイア 2
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他人を疑い、常に天敵が自分を襲ってくることを警戒するのは、生命体にとって極めて重要なのだ。草食動物を見よ。常にきょろきょろビクビクし、肉食獣が迫りくる兆候に敏感になっている。外敵に対する注意を払うほんの合間だけ、草をはみ、水を飲むことが出来るのだ。もしそうだとしたら、パラノイア...
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