岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist
精神科医が日常的な思いつきを綴ってみる
2013年10月3日木曜日
解離とトラウマ記憶、そしてTRP(5)
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ともかくも解離を防衛として解釈し、それが再び出現することを抑える必要があると考えることは、必然的にそれを生むにいたったと考えられる日常生活上のストレスやトラウマに対して腫れ物に触るような態度を示すことになる。しかし解離症状に必要なのは、それが日常生活に支障をきたす形で起きる際に...
2013年10月2日水曜日
解離とトラウマ記憶、そしてTRP(4)
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解離を必ずしも防衛と捉えないこと 米国で臨床をしている時に、時々出会ったのは、解離性健忘に対するかなり偏った考え方を持つ臨床家であった。彼らは患者がある事柄についての健忘を起こしていると知ると、基本的には患者にその記憶内容に触れさせないようにした。たとえば突然職場を出...
2013年10月1日火曜日
解離とトラウマ記憶、そしてTRP(3)
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さてそれとは別に一見 ANP 的な子供人格はどうなのか?ここで急に子供人格を ANP 的、 EP 的という風に分けてしまっているが、実際に子供の人格を見ると、それがトラウマを背負っている場合と、一見そうでない場合に分かれる。このうち後者をここで ANP 的、と呼んだわけである。...
2013年9月30日月曜日
解離とトラウマ記憶、そしてTRP(2)
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さて子供の人格に TRP を施すとは何を意味するのであろうか?私たちが学んだのは、トラウマ記憶がそこに流れている確信的な考えとともに、それとミスマッチな考えを隣接させることで、再固定化が起こるということだ。そして提示された症例はどれも、ある種の文章化しうるような思考内容を取り出...
2013年9月29日日曜日
解離とトラウマ記憶、そしてTRP(1)
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しばらく解離とTRPの関係について考えたい。まだ私にとっては TRP は全然未消化だが、この解離シリーズのブログを続けなければならない。ここでは話題を限定して、子供の人格を扱うこととの関連で論じる。TRPという新たな手掛かりが得られた場合、それにより解離における交代人格と関わる...
2013年9月28日土曜日
「脳から見える心」?「心から見える脳」?(2)
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ということで今は次の話題を狙っている。それは実はこれも今思いついたのだが、「心から見える脳」というタイトルだ。(ちなみに前作は、(「脳から見える心」である。)脳の仕組みから心の在り方が見えてくるという側面と、心の在り方から脳の構造が予想されるという面は、実は両方向性のものなのだ...
2013年9月27日金曜日
「脳から見える心」?「心から見える脳」?(1)
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またまた大人の事情で、適当な題をつけて「 400 × 6枚程度で, 11 月下旬くらいまで」に文章を書く必要が生じた。 「脳から見える心」 ( 岩崎学術出版社、 2013 年 ) は、私にとっては画期的な本である。それは本書が「ブログから書き上げた」最初の本だからで...
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