岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist

精神科医が日常的な思いつきを綴ってみる

2012年10月31日水曜日

パーソナリティ障害・自傷・同一性障害

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「キーワード」を二つばかり引き受けた(何のことだ?)。2800字以内。はじめは、「パーソナリティ障害・自傷・同一性障害 」しかしドウイツセイショウガイってなんだろう?死語ではないのか、などとボヤきつつ、書き始める。  パーソナリティ障害とはその人の認知的、情緒的、ない...
2012年10月30日火曜日

昨日の続き

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さて本書の内容にも少し触れたい。 本書『関係精神分析入門』は、米国で一つの大きな流れを形成しているRelational Psychoanalysis (関係精神分析)という流れを日本に導入しようとする試みである。ただしこの流れは既に関西の分析家達にはある意味では先取りされて...
2012年10月29日月曜日

おかげさまで…

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 おかげさまで、このブログを使って、 ほぼ一冊分の素材をまとめることができた。数か月続いたが、第一回の遂行(おっと、推敲)が終わったレベルまで持っていくことができた。 相変わらず読者からのフィードバックは受けていないが、それは読んでもらうことをあまり期待していないとい...
2012年10月28日日曜日

第15章 報酬系と日常生活―心理士へのアドバイス(最終章)

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報酬系について知ることは、人の観察の仕方や、人への臨床的なかかわりに一定の指針を与えてくれるであろう。それは人は結局快楽的な体験に導かれる、というシニカルなまでに現実的な見方を迫る。しかしそれは人が自己中心的な生き方のみを求めるということを意味してはいない。利他的な行為で...
2012年10月27日土曜日

第15章 報酬系と日常生活  (3)

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⑤ 快楽的でない愛他性は原則的には快楽的である 愛他性は、私たちが持つ貴重な性質だ。ある意味では人としての価値は、どれだけ愛他性を発揮できるかということにかかっていると言っていいだろう。なぜなら愛他的な人はそれだけ他者の幸せに貢献できるのだから。これほどわかりやすい...
2012年10月26日金曜日

第15章 報酬系と日常生活 (2)

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報酬系が刺激される条件 最後に日常生活で活躍する私たちの報酬系の性質について、いくつか述べる。 ①        過去の体験の反復と新奇さの微妙なバランス 私たちは繰り返し体験することにより自分の脳になじんできて、しかしまだ新鮮さが残っているようなものに一番快...
2012年10月25日木曜日

第15章 報酬系と日常生活 (1)

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精神的な不快の本質 私たちが体験する精神的な苦痛の本質的な部分は何か? それはすでに獲得したものの喪失のプロセスで体験されるものである。いいかえれば、これまでに味わった快楽の代償なのだ。もちろんそれ以外にも様々な不快や苦痛がある。身体的な痛みや病苦。空腹。これらの身...
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自己紹介

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ken Okano
1956 Born in Chiba, Japan. 1982 Graduated from Tokyo Univ.Med.School. 1989~1993 Trained at Menninger School of Psychiatry. 2000. Board Certified psychiatrist in US. 2004~2014 Professor at International University of Health and Welfare, Tokyo. 2014~ Professor at Kyoto University, Graduate School
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