岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist

精神科医が日常的な思いつきを綴ってみる

2010年11月30日火曜日

ニューラルネットワーク その1. 前野隆司氏の「受動意識仮説」

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私のこのブログには、ほとんど引用文献がないことが特徴だろうが、それは私が読書が嫌いで勉強不足だからだ。ただしもちろん注目する理論、参考にすべき学術書などはある。最近の慶応の前野隆司先生による「受動意識仮説」という、名前だけ聞いたら非常にとっつきにくい理論もそのひとつだ。何しろ明快...
2010年11月29日月曜日

治療論 17 常に直感とは反対を考える Think counter-intuitively

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精神療法を行っていると、普通の人との普通の会話というのが、時々わからなくなる。こういうところが私が社会性がないところだと思うが、面倒になったり、まだるっこしくなったりする。おそらく私が酒を飲めないことも関係していると思うが、延々と終わりのない会話、というのはとてつもなく疲れる気が...
2010年11月28日日曜日

治療論 その16 「冗談」(症状、ではなく)にこそ無意識が表れる

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市川海老蔵がこれからマスコミに叩かれるのだあろう。父親の団十郎は激怒したとか。でも生まれつき定められた道を歩むプレッシャーも大変なものである。それをある意味で押し付けた団十郎が本気で怒っているとしたら、それもどこか違う気がする。(彼自身も同じような運命だったのかも知れないが。)海...
2010年11月27日土曜日

治療論 15 治療者の言っていい冗談と悪い冗談

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今日はフロイト全集(Standard Edition)の一冊をPDF化してみる。私にとっては、本をばらしてスキャンして捨てる、という罰当たりな行為をするのに一番ためらいのある本である。 治療者は冗談を言っていいのだろうか?もし言うとしたら、何がその素材となるのだるか?これが結...
2010年11月26日金曜日

「気弱さ」ということ

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私のブログは「気弱な精神科医」ということになっているが、そもそも「気弱」とは某出版社の編集者の口から出た言葉である。数年前に「気弱な精神科医のアメリカ奮闘記」という本を出したときに、その内容を読んだ上で題についてのアイデアを出したのが、その編集者だった。私はそれを聞いて、ふたつ返...
2010年11月25日木曜日

治療論 14 セラピストとしての生きがい

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セラピストの生きがいとは何かを考える。これは案外むずかしい。医者、それも例えば外科医の生きがいなどと比べると、はるかに複雑だ。有能な外科医はとてつもないハードスケジュールをこなしているように見える。外科手術はそれこそ一昼夜以上かかって行うようなものもある。外科医の貴重な時間の多く...
2010年11月23日火曜日

快楽の条件 8. おそらく最も理想的な快楽としての「創作」

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私の患者さんに非常に、手先の器用な男性Aさんがいた。某有名時計会社で、長年修理技師をしていたAさんは、引退したのちも年金暮らしをしながら仕事をもらい、持ち込まれた時計のうち、在職中の技師が治すことのできない難物をただで自宅で修理し、若い技術者を驚かせながら時間を過ごした。しかし不...
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自己紹介

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ken Okano
1956 Born in Chiba, Japan. 1982 Graduated from Tokyo Univ.Med.School. 1989~1993 Trained at Menninger School of Psychiatry. 2000. Board Certified psychiatrist in US. 2004~2014 Professor at International University of Health and Welfare, Tokyo. 2014~ Professor at Kyoto University, Graduate School
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