生育歴と社会生活歴
解離症の患者の多くに過去のトラウマや深刻なストレスの既往が見られる以上、それらの内容の把握も重要となる。ただしトラウマ体験の聞き取りは非常にセンシティブな問題を含むため、その扱い方には慎重さを要する。特に幼少時の性的ないし身体的なトラウマをはじめから想定し、いわば虐待者の犯人探しのような姿勢を持つことは望ましくない。
 DID において面接場面に登場している人格が過去のトラウマを想起できない場合や、家族の面接からも幼少時の明白なトラウマの存在を聞き出せないこともまれではない。さらには幼児期の出来事のうち何がどの程度のインパクトを持ったストレスとして当人に体験されるかには、大きな個人差がある。繰り返される両親の喧嘩や、同胞への厳しい叱責や躾けを目撃することが、解離症状につながるような深刻なトラウマを形成することもある。
  成育歴の聞き取りの際には、さらにそのほかのトラウマやストレスに関連した出来事、たとえば転居や学校でのいじめ、登下校中に体験した性被害、疾病や外傷の体験等も重要となる。 
診断および説明、治療指針
初回面接の最後には、面接者側からの病状の理解や治療方針の説明を行う。無論詳しい説明を行う時間的な余裕はないであろうが、その概要を説明することで、患者自らの障害についての理解も深まり、それだけ治療に協力を得られるであろう。また筆者は解離症に関する良質の情報を患者自身が得ることの意味は大きいと考えている。少なくとも患者が体験している症状が、精神医学的にはすでに記載されており、治療の対象となりうるものであるという理解を伝えることの益は無視できないであろう。  
 患者がDID を有する場合、それを伝えた際の反応は人格ごとにさまざまであり、時には非常に大きな衝撃を受ける場合もある。ただし大抵はそれにより様々な症状が説明されること、そしてDID の予後自体が、多くの場合には決して悲観的なものではないことを伝えることで、むしろ患者に安心感を与えることが多い。ただし良好な予後をうらなう鍵として、重大な併存症がないこと、比較的安定した対人関係が保て、重大なトラウマやストレスを今後の生活上避け得ることなどについて説明を行っておく必要がある。
  治療方針については、併存症への薬物療法以外には基本的には以下に紹介するような精神療法が有効であること、ただしその際は治療者が解離の病理について十分理解していることが必要であることを伝える。またDF に関しては、最終的な診断が下された後は、筆者は患者の記憶の回復が必ずしも最終目標ではなく、出来るだけ通常の日常生活に戻ることの重要さを説明することにしている。
岡野憲一郎 (2007)解離性障害入門 岩崎学術出版社