2024年6月3日月曜日

「トラウマ本」トラウマと心身疾患 加筆修正部分 1

 「MUS」はヒステリーの現代版か?

 本章ではトラウマと現代的な心身問題というテーマで論じる。
 まずは「MUS」という概念の話から始めよう。これは「 医学的に説明できない障害 medically unexplained disorder」の頭文字であるが、本章の以下の論述でもこのMUSという表現を用いたい。
 このMUSという疾患群は取り立てて新しい疾患とは言えない。というよりその言葉の定義からして医学が生まれた時から存在したはずである。そして常に悩ましい存在でもあった。それは現在においても同様である。そうしてMUSに分類される患者は概ね「心因性の不可解な身体症状を示す人々」として扱われることになるのだ。
 こう述べただけではMUSの意味するところがピンとこないかも知れないが、昔のヒステリーと同類だと考えていただきたい。すぐに「ハハー。あれか!」とピンとくる方が多いであろう。そしてこのMUSがトラウマとの関連で論じられやすいことについても何となくお分かりかと思う。
 MUSを「ヒステリーの現代版」と見なす上で、改めて「ヒステリーとは何か?」を考えてみよう。それは古代エジプト時代から存在し、20世紀の後半までは半ば医学的な概念として生きていた疾患であった。
 ここで「半ば医学的な概念」と表現をしたが、それはヒステリーは患者が自作自演で症状を生み出したもの、というニュアンスを有していたからである。つまりその症状は本人の心によって作られたようなところがあって、そこには疾病利得が存在するという考え方が支配的であった。つまりそれは病気であってそうでないようなもの、という中途半端な理解のされ方をしていたのである。そしてその意味では差別や偏見に満ちた概念がこのヒステリーであったのだ。
 幸いDSM-Ⅲ(1980)以降はヒステリーという名前が診断基準から消え、その多くの部分が解離性障害という疾患概念に掬い上げられた。そしてそのことにより差別という手垢がある程度は拭いとられる結果になったのである。
 ただしヒステリーというカテゴリーに含まれると考えられるのは解離性障害だけではない。そこには様々な身体症状を持った多くの患者が混在していたのだ。そしてそれらの患者は当時の医学的な診察や検査ではうまく説明がつかないという特徴を持っていた。
 もちろん医学は時代とともに進歩し、検査の技術も発展を遂げてきた。しかしまだ医学が未発達な時代にも、その症状の現れ方がその時々で変動したり、その訴えが実際の医学所見より誇張されていると感じられた場合に、このレッテルが貼られる傾向があった。またてんかんのようにその表れがドラマティックでコントロール不能な場合にも、脳波がない時代にはこのヒステリーに分類されていたのである。
  かつてヒステリーに分類されていた患者たちは、その後の医学の進歩により解離性障害やてんかんやそのほかの身体疾患として扱われるようになって行った。しかしそれでも医学的に説明できないケースが残され、それが文字通り「医学的に説明できない障害」すなわちMUSとして残されていることになる。そしてかつてヒステリーに対して向けられていた偏見は、実は現在のMUSにもある程度当てはまるのである。