2024年2月5日月曜日

トラウマと心身問題 2

  MUSの概念はどのように再構成されていくか?

  MUSに分類される疾患の一部は、その医学的な所見が新たに見いだされたことで外されていったという歴史がある。その例としてはME/CFS, FM, イップスなどが挙げられよう。またそれとは逆に、それまで身体疾患と思われていたものがMUSに再分類されることもある。その例としていわゆるPNES などが挙げられよう。それらのいくつかについて以下に個別に簡単に論じる。


 MUSとして分類されるべきもの

  • ME/CFS (筋痛性脳脊髄炎)

  • FM(線維筋痛症)

  • Yips または局所性ジストニア

  • PNES(心因性非癲癇性痙攣) これは昔偽性癲癇などと呼ばれていたものです。

  • FND (機能性神経学的症状症), CD (転換性障害)


 筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群
(ME/CFS, Myalgic encephalomyelitis /chronic fatigue syndrome) 

この疾患は休息しても回復しない疲労や倦怠感を主たる特徴とする。以前は心因性の疾患や詐病を疑われたが、1990年以降、様々な医学的所見が指摘されるようになった。(ちなみに筋痛性脳脊髄炎 (ME)という呼び方は欧州とカナダで、慢性疲労症候群(CFS)はアメリカとオーストラリアで用いられることが多いようである。)
  最近ではこの疾患に関する生物学的なマーカーがいろいろ発表されているようである。PET,MRI,などの脳画像研究により、白質、灰白質の異常が見出され、心因では説明できない認知機能の異常が指摘されるようになったのである。またエネルギー代謝系やミトコンドリア機能の障害を示すエビデンスが見出されるようになってきている。これはちょっと何かにエネルギーを使うと疲労困憊してしまう、というこの病気の特徴をうまく説明しているであろう。また「自律神経受容体に対する自己抗体に関連した脳内構造ネットワーク異常」(NCNP、2020年の研究)が報告されてもいる。

 

線維筋痛症 fibromyalgia, FM

こちらは広範囲にわたる筋骨格系の痛みを主たる特徴とする疾患である。以前は線維筋痛症と上述のCFSとは一緒に論じられていた感があったが、現在は独立して論じられる傾向にある。しかしFMとME/CFSとの異同があまり明確でなく、両者は結局は中枢神経系の過敏性ということで共通しているらしいという印象をどうしても受けてしまう。
 両者は痛みや疲労以外にも光、臭い、味、触覚、音、薬物への敏感さも含み、また片頭痛、IBSなどの関連も指摘されている。ただしFMは、リューマチ・膠原病科により扱われるのに比べて、 ME/CFSの方は神経内科などが扱う傾向にある。その意味でFMとME/CFSは「異なる科で別物として扱われる例」の一つと言えるのかも知れない。


 心因性非癲癇性痙攣 (PNES psychogenic non-epileptic seizure)

  癲癇はを伴わないけいれん発作は、長年十分注意を払われずにいましたが、実はそのケースの多くが真正癲癇と誤診されてきたことが最近になり改めて認識されるようになったとのことである。しかしそれが最近PNESという新たな呼称と共に神経内科の分野で注目されるようになってきている。癲癇の発作が何回も連続して生じる、いわゆる癲癇重積発作という状態があるが、その様な診断で専門家に送られてきたケースの25%は実はPNESであったというデータもある(要出典)。従来癲癇は、必ずしも脳波検査をせずに、臨床所見だけでそのように診断が下されることが少なくなかったことが誤診が多い理由の一つであるといわれる。PNESの診断には、長時間ビデオ撮影ができる環境でのEEGのモニタ―測定が欠かせないが、その為のEEG-Video という機器を備えていない医療機関が圧倒的に多いという現状がある。また脳波についての専門的な知識の少ない医師が脳波を見ると、ちょっとした異常も転換に診断してしまうという問題もあったと言われる。
 ただこのPNESに関して気になるのは、神経内科でいったんPNESとして診断されると、神経内科での役割は終わったものとされて精神科にリファーされる傾向である。後に述べるように、PNESはやはり精神科と神経内科の両方の科で引き続き扱うべき疾患ではないかと報告者は思う。
  また興味深いことに、神経内科ではPNESと解離との関連はほとんど論じられないという事実がある。PNESに関する最近の論文を読んでも、PNESが結局は解離性障害(ICDの精神科の基準によれば)に該当するという言及が見られないのが現状である。つまり神経内科におけるPNESと解離性障害の一つである「けいれんを伴う解離性神経症状症」は同じものであるにもかかわらず、「異なる科で別物として扱われる例」と言えるであろう。
 さらにはこのPNESという呼称は1990年代後半から用いられるようになったらしいが、一見モダンな呼称のように見えて、そこに「心因性」という概念が組み込まれていることが問題とも言える。なぜなら心因という概念自体がいまは消えかけた概念だからである。