2024年1月3日水曜日

連載エッセイ 11の4

   トラウマを体験した人は典型的なPTSD症状と、それと反対の反応の二つを示す、という考えは結構最近の話だ。といってもそれが診断基準にうたわれるようになったDSM-5は2013年であり、もう10年も昔のことである。それまで米国の精神医学の世界は、PTSD派と解離派に分かれていたという所があった。PTSDについての臨床研究を主として行う国際学会として、ISTSS(国際トラウマティックストレス学会)が1985年に設立された。他方は解離性障害について扱う学会ISSTD(国際トラウマと解離学会)はその前身となる組織(ISSMP&D)が1980年代に成立した。前者とは別組織で、ちょっとずらして大会を開いたりしていたのだ。(ISSTDについては  https://en.wikipedia.org/wiki/International_Society_for_the_Study_of_Trauma_and_Dissociation

を参照。)

 両者はいわばライバル関係にあり、どう考えてもより組織の結束が固く強気の印象を与える側のISTSSの方がPTSDの側から歩み寄る形で、「いや、実はPTSDにも解離タイプがある事が分かったんですよ」と言いだしたのだ。プライドの高い医師たちがそのような歩み寄りを見せるとはよほどのことがあったに違いない。そしてそれは事実あったのだ。

 もともとPTSDの論者たちは解離の症状はPTSDに付随する形で存在することは認めていた。極端な話感情鈍麻もフラッシュバックも一種の解離と考えられないことがないが、ここでは離人疎隔体験を主としてこの解離症状と考えたわけだ。そして最初はこの解離症状はPTSDの患者さんの一部に見られることがある、という程度に理解されていたが、やがてPTSDの中にどうやら二つの独立したグループが存在するのではないかと考えるようになった。そしてそれをPTSD-Dと表記し、それが PTSD 全体の13~30%に及ぶとまで考えられるようになった。


 トラウマの生物学的な研究を行っているLaniusという有名な先生がその様な研究を従来行ってきた。それによるとPTSDの患者さんが解離症状を示す時には、フラッシュバックなどの際に典型的な形で起きている症状とは異なることが脳の中で起きているという事を主張していた。そしてそれを支持するような研究がなされるようになったのである。以下は次の論文を参考にする。

Sierk A, Manthey A, Brakemeier EL, Walter H, Daniels JK. The dissociative subtype of posttraumatic stress disorder is associated with subcortical white matter network alterations. Brain Imaging Behav. 2021 Apr;15(2):643-655 という論文を参考にすると、

トラウマ刺激により典型的なPTSDの患者さんでは脈拍は上昇することが知られている。ところが解離タイプでは、脈拍数は変化がみられないか、あるいはむしろ逆に遅くなるという驚くべき結果が見いだされたのである。