「解離性健忘」も書き直しの危機に瀕している。依頼文をよく読みなおすと、これはICD-11の発刊に対応したものということらしい。ということは「ICD-11仕様」にしなくてはならない。これまで私はDSM-5仕様にしていたのだ。やれやれ。ということでやり直し。現在発表されているものは以下のものだ。これもPDFでのみ配布されているので、OCR変換して、誤変換を直して以下の文章を作り上げた。現在進行している翻訳作業のチームによる労作である。
診断に必須の特徴:
重要な自伝的記憶、特に最近の外傷的ないしはストレスを伴う出来事を思い出す能力の喪失がみられ、それは日常で何かを忘れることとは一致しない。記憶の喪失は、トランス症、憑依トランス症、解離性同一性症、または部分的解離性同一性症のエピソード中に限定して生じるものではなく、また他の精神障害(たとえば、心的外傷後ストレス症、複雑性心的外傷後ストレス障害、認知症などの神経認知障害)によってよりよく説明されるものでもない。症状は、中枢神経系に作用する物質(たとえば、アルコール)または医薬品の作用やそれらの離脱作用によるものではなく、神経系の疾患(たとえば、側頭葉てんかん)、他の医学的状態(たとえば、脳腫瘍)、または頭部外傷によるものでもない。記憶の喪失は、個人生活、家族生活、社会生活、学業、職業あるいは他の重要な機能領域において、有意な機能障害をもたらす。
解離性遁走の有無:
解離性遁走を伴う解離性健忘では、解離性健忘の特徴すべてがみられ、かつ解離性遁走を伴う(すなわち、自身のアイデンティティの感覚を喪失し、長期間(数日ないしは数週間)にわたって、家、職場、または重要な他者のもとを突然離れる)。
付加的特徴:
稀なケースでは、健忘はアイデンティティや生活歴にまで及ぶ。しかし、より一般的にみられる健忘では、忘れられる内容は限局的(すなわち、特定の期間中に起こった自身に関する出来事を一切思い出せない)あるいは選択的(すなわち、特定の期問中に起こった出来事のうち、思い出せないものもあるが、思い出せるものもある)である。健忘の範囲は時間の経過とともに変化することがある。
解離性健忘のある人は、自身の記憶障害について、部分的にしか自覚していないことがある。自身の記憶障害について自覚のある人は、障害の重要性を過小評価し、記憶障害について述べるよう促されると不快になることがある。
解離性健忘は、有害なライフイベント、自身の抱える葛藤または対人間の衝突、またはストレスと関連することが多い。障害とこれらの出来事、葛藤や衝突、およびストレス因との関連について、本人は認識していないことがある。心的外傷を反復的または長期的に受けた場合、複数の加害者から心的外傷を負わされた場合、および加害者が近しい関係の者であった場合、より持続的で難治性の健忘と関連する。
解離性健忘は、良好な対人関係の構築と維持における慢性的な困難と関連する。また、本障害は自傷、自殺企図および他の高リスク行動、抑うつ症状、離人感、および性機能不全とも関連することがある。
正常との境界(閾値) :
自分に関する出来事について思い出す際の軽度の困難はよくあり、これは特に正常な加齢のためによく生じる。幼少期早期の出来事を忘れることも、発達的に典型的なことである。しかし、解離性健忘とは対照的に、正常に何かを忘れる場合:1)重大な人生のエピソードや重要な個人的事柄を一貫して、かつ広範にわたり忘れることはない;2)忘れていたエピソードや個人的事実について思い出させてもらえれば、たいてい思い出すことができる;
3)高ストレスまたは心的外傷となった出来事の後に生じるものではない; 4)有意な機能障害に至らない。
他の障害および状態との境界(鑑別) :
急性ストレス反応との境界: 急性ストレス反応は、極度の脅威や恐怖を伴う出来事や状況への反応であり、ストレス因の深刻さを考慮すれば正常と考えられるものである。急性ストレス反応の症状は、直前の時間とストレス因となった出来事に対する一時的な健忘を含むことがある。急性ストレス反応は出来事の数日後、または脅威となった状況から抜け出せた後に消退し始める。解離性健忘を診断として検討するのは、健忘がストレス因と直接関係ない自伝的情報を含む場合や、他忘エピソードがストレス因の直後の期間を過ぎても長期にわたり(すなわち、数時間から数日間)持続する場合である。
解離性神経学的症状症における記悦欠損との境界:解離性神経学的症状症は、物質の直接的影響や神経系の疾患によらない様々な認知症状を含むことがある。認知症状が自伝的記憶に限定されている場合、解離性健忘がより適切な診断である。
憑依トランス症との境界: 憑依トランス症でも健忘が生じることがある。しかし、憑依トランス症における健忘は、霊魂、威力、神的存在または他の霊的な存在による新たなアイデンティティの侵入を含むものと体験されるエピソードと関連する。憑依トランス症はまた、憑依者によりコントロールされていると体験される行動や動作を含むが、これらの症状は解離性健忘では通常みられない。
解離性同一性症および部分的解離性同一性症との境界: 解離性同一性症において健忘エピソードはよくみられ、また部分的解離性同一性症でも生じることがある。しかし、解離性同一性症または部分的解離性同一性症でみられる健忘は通常短時間のものであり、極度の感情的状態または自傷エピソード中に限定される。さらに、解離性健忘は、解離性同一性症および部分的解離性同一性症でみられる二つ以上の他とはっきりと区別されるパーソナリティ状態の交替の体験を特徴としない。解離性遁走を伴う解離性健忘では、自身のアイデンティティについて混しているのが典型的である。二つ以上のはっきりと区別されるパーソナリティ状態が、健忘のエピソード中を含めて意識および機能について実行統制の担当を繰り返し交代する場合、解離性同一性症の診断がより適切である。
心的外傷後ストレス症および複雑性心的外傷後ストレス症との境界:心的外傷似後ストレス症および複雑性心的外傷後ストレス症では、心的外傷となった出来事の記憶が断片的になる、混乱する、または不完全になったりする。健忘がより広範にわたり、かつトラウマとなった出来事に関連しない自伝的記憶にまで及び、さらに両方の節害の診断要件が満たされている場合、解離性健忘の診断を追加で付与してもよい。
物質使用による障害との境界:物質使用による節害において健忘はよく生じ、これはアルコール関連節害で特に顕著である(たとえば、「アルコールによるブラックアウト」)。健忘がアルコールまたは薬物使用の文脈に限定される場合、解離性健忘の診断は適切ではない。しかし、解離性健忘のエピソードの既往がある人がアルコールまたは他の物質を使用している場合、鑑別診断は複雑になりうる。
神経認知障害、頭部外傷、および他に分類される医学的状態における記憶欠損との境界: 神経認知障害(せん妄、健忘性障害、および認知症を含む)は、認知機能における原発性かつ後天性の臨床所見を特徴とし、これには有意かつ広汎性の記憶機能障害がしばしば含まれる。神経認知障害では、特定の病因または潜在的な疾患プロセスの特定がしばしば可能である。また、記憶喪失は脳外傷またはいくつかの神経系の疾患や他に分類される医学的状態(たとえば、脳腫瘍)の結果としても生じることがある。解離性健忘における記憶喪失は上に自伝的記憶に関するものであり、記憶機能障害の病因となりうる潜在的な疾患プロセスや外傷を特定することができない。