2021年4月10日土曜日

解離性健忘 4

 症状の発展と経過

全般性健忘はわが国では従来全生活史健忘とも呼ばれていた。その中でも臨床的に注意が喚起されるのが、従来解離性遁走と呼ばれていた前生活史健忘である。その発症は通常は急激であるため社会生活上の混乱を招くことが多い。典型的な例では仕事でのストレスを抱えていた青年~中年男性が通勤途中で行方が分からなくなり、しばらく遠隔地を放浪したり野宿をしたりして過ごす。数日~数ケ月後に警察に保護されたり自ら我に帰ったりして帰宅することになるが、その際自分に関する全情報を失っていることすらある。帰宅後も家族や親を認識できず、社会適応上の困難をきたすものの、記憶の喪失以外には精神症状はなく、徐々に社会適応を回復していく。過去に獲得した技能(パソコン操作、自転車の運転、将棋など)や語彙などは保たれていることも多く、それが適応の回復に役立つことが少なくない。なお遁走していた時期の記憶が回復することは例外的と言える。症例はそれ以前に解離性の症状を特に持たなかったことも多く、別人格の存在も見られないことが多い。(ただしDIDにおいて特定の人格が一時期独立して生活を営んでいた場合も、その病態がこの全生活史健忘に類似することがある。)
 解離性遁走に見られる一見目的のない放浪がともなわない全生活史健忘もある。また短期間に見られる解離性健忘は臨床的に掬い上げられていない可能性もある。また一時的にストレス状況、例えば戦闘体験や監禁状態に置かれた際に生じた健忘は比較的短期間で回復することも少なくない。