2018年2月10日土曜日

精神分析新時代 推敲 12

精神分析の立場にもある筆者にはこの藤山の記述もよく分かる気がする。確かにトラウマを強調することは、ある種の単純化や還元主義に向かう傾向は確かにあるであろう。ただし時代の趨勢としてはトラウマの役割を無視できないということは以下のカンバーグの記述にもうかがえるであろう。

「…私は生まれつきの攻撃性について語る上での曖昧さはなくなってきている。問題は強烈な攻撃的な情動状態への、生来のなり易さであり、それを複雑にしているのが、攻撃的で嫌悪すべき情動や組織化された攻撃性を引き起こすような、トラウマ的な体験なのだ。私はよりトラウマに注意を向けるようになったが、それは身体的虐待や性的虐待や、身体的虐待を目撃することが重症のパーソナリティ障害、特にボーダーラインや反社会性パーソナリティ障害の発達に重要な影響を与えるという最近の発見の影響を受けているからだ。つまり私の中では考え方のシフトが起きたのであり、遺伝的な傾向とトラウマを融合するような共通経路が意味するのは、情動の活性化が神経内分秘的なコントロールを受ける上で、遺伝的な傾向が表現されるということだ。」。(Kernberg,O.,1995P326
Kernberg, O (1995) An Interview with Otto Kernberg. Psychoanalytic Dialogues, 5:325-363 
Kernbergと言えば、1970年代から80年代にかけて境界パーソナリティ障害についての理論を打ち立て、精神医学界にも大きな影響を与えた人物のひとりであるが、その病因としてはクライン派の理論に基づいた患者の持つ羨望や攻撃性が強調された。そのKernbergの立場のトラウマ重視の立場への移行はおそらく、精神分析の世界におけるトラウマの意義の再認識が起きていることを象徴しているように思える。

関係精神分析の発展とトラウマの重視

伝統的な精神分析理論は、トラウマ理論やトラウマ関連障害の出現により逆風にさらされることとなった。精神医学や心理学の世界で近年のもっとも大きな事件がトラウマ理論の出現であったといえよう。1980年のDSM-IIIでPTSDが改めて登場し、社会はそれから20年足らずのうちにトラウマに起因する様々な病理が扱われるようになった。国際トラウマティック・ストレス学会や国際トラウマ解離学会が創設された。現代的な精神分析(関係精神分析)は「関係論的旋回」を遂げたが、その本質は、トラウマ重視の視点であったといえる(岡野)。
現代的な精神分析における一つの発展形態として、愛着理論を取り上げよう。愛着理論は全世紀半ばのJon BowlbyやRené Spitzにさかのぼるが、トラウマ理論と類似の性質を持っていた。それは精神内界よりは子供の置かれた現実的な環境やそこでの養育者とのかかわりを重視し、かつ精神分析の本流からは疎外される傾向にあったことである。乳幼児研究はまた精神分析の分野では珍しく、科学的な実験が行われる分野であり、その結果としてMary Ainthworthの愛着パターンの理論、そしてMary Mainの成人愛着理論の研究へと進んだ。そこで提唱されたD型の愛着パターンは、混乱型とも呼ばれ、その背景に虐待を受けている子や精神状態がひどく不安定な親の子どもにみられやすい。(ヴァン・デア・コーク著、柴田裕之訳 (2016) 身体はトラウマを記録する―脳・心・体のつながりと回復のための手法 紀伊国屋書店)
 最近精力的な著作を行うAlan Schoreの「愛着トラウマ」(Schore, 2009) の概念はその研究の代表と言える。Schoreは愛着の形成が、きわめて脳科学的な実証性を備えたプロセスであるという点を強調した。ショアの業績により、それまで脳科学に関心を寄せなかった分析家達がいやおうなしに大脳生理学との関連性を知ることを余儀なくされた。しかしそれは実はフロイト自身が目指したことでもあった。

Schore, A. (2009) Attachment trauma and the developing right brain: origins of pathological dissociation In Dell, Paul F. (Ed); O'Neil, John A. (Ed), (2009). Dissociation and the dissociative disorders: DSM-V and beyond., Routledge/Taylor & Francis Group, pp.107~140.