2016年7月10日日曜日

自傷と報酬系 ①

自傷と報酬系 

自傷と報酬系との密接な関係は、ここまで本ブログを読んで来られた方にはもはや明らかであろう。世の中には自分を傷つける行為を繰り返してしまうひとがいる。「いろいろなハイがある」の章にもそれは描かれていた。自傷行為の存在は長年心理学者や精神医学者の関心の的であったことは間違いない。それに対する理解の仕方の雛形となったのが、自罰傾向である。
私が精神科医として駆け出しの頃、昔出会った忘れられないケースがある。彼女は20代後半の女性で、最近結婚した同い年の御主人と幸せな日々を送っていたが、徐々に一つの問題が生じるようになった。ご主人が朝出かけることに耐えられなくなっていったのである。ある朝、どうしてもご主人が出かけなくてはならないときがあった。すると彼女は自傷行為に及んだのだ(詳細は割愛)
私は自分を傷つけるということの意味をそれまでまったく知らないでいたが、そこで一つの明らかなことを知った。彼女たちは精神的な辛さに出会ったときに自分の体を傷つけるということである。この一見矛盾した行為が自傷の本質であるということをまだ十分につかめないでいた。
米国でも同じだったが、一つ患者さんが繰り返すことで馴染みになった言葉があった。それは自傷することで reduce the tension が生じる、という言い方である。テンションが下がるということだる。 
この自傷行為について、動物の観察から見てみよう。というのも自傷行為は動物でもしばしば観察されるからだ。たとえばアカゲザルは自分をかむという行為をしばしば見せる。一般に霊長類は極度に退屈すると常同行為をはじめ、終いには自分自身にかみつくという行為に及ぶという。動物がフラストレーションを与えられて逃げ場をなくすとき、それは自分の一部を繰り返し噛むようになるといわれる。(以上、National Geographic Blog
The Science of Self-Mutilation Posted by Rebecca O'Connor in Taboo on June 22, 2012
ある心理学者の書いた記事は、自傷行為について一つの重要なヒントを与えてくれる。ロレッタ・ブルーニング博は Roletta G. Breuning Ph.D は、“Self-Harm in Animals: What We Can Learn From It. Self-destructive behaviors get repeated until they’re replaced.( Posted May 21, 2013 at Psychology Today”Website) で、霊長類の観察を通して、動物が毛を抜く行動は、単なるトラウマやストレスのせいだと理解するわけにはいかないという。サルの子は親が自分の毛を抜くのを見て模倣することもあるという。そしてこれが一種のグルーミングの延長にあるという理論を提唱する。グルーミングは基本的には自分を慰撫する行為 self soothing behavior であることは確かだ。動物はそれを相手に対して行い、社会的な結びつきを深めるが、自分に対しても行う。それが度を外した形で生じるのは、ストレスやトラウマに対してそれを回避する手段がない状況に追い詰められた状態であるというのだ。それは極度のフラストレーションや「テンション」を和らげてくれる、という意味なのだ。
ただここで一つ不思議な現象がある。それは自傷行為は痛みを通常は伴わないということである。それよりはむしろ快感を、ハイを感じさせる。
結局自然が動物に、そして私たちに与えてくれたメカニズムは以下のとおりである。動物が極度のストレスにおかれ、そこから逃げられる手段がない場合(それには極度の退屈さも含まれる。退屈さとは過剰なエネルギーと時間を持っていてもそれを投入する手段を持たない状態だからである) 自傷行為は、精神的な崩壊を防ぐために報酬系を刺激するための手段なのだ。しかし報酬系が直接刺激されるような特別なボタンなどない。そこで非常ボタンが用意されている。それは通常は押されないのは、それが自己破壊的であり、その際は痛みという信号でアラームが鳴り渡り、そのボタンが押され続けることを防ぐ。ところがストレス下では、そのボタンが緊急ボタンとなる。痛みは解除され、直接報酬系に直結するのである。なかなかいい例えではないか。