2013年4月12日金曜日

DSM-5と解離性障害(9)


読者の関心一切無視の記述が続く。

引き続き同じ論文を読んでいく。
エビデンスに基づく研究成果もさらにいくつか紹介されていてそれなりに参考になる。解離尺度を用いた研究では、精神療法を受けたケースで、そうでない場合に比べて明らかな解離の低下が見られるという報告。それともう一つ、SSRIの効果についても言及されている。ある研究ではパロキセチン(パキシル)をPTSDの治療に用いたところ、解離症状がプラセボ群に比べて明らかに減少したという。解離症状に対して効果的な薬はない、という私たち臨床家の「常識」に多少なりとも反する結果だ。ただし解離性障害の患者さんの大部分に、結果的にSSRIその他の抗鬱剤が処方されているということも臨床的な現実である。人がSSRIを服用するのは、単に鬱状態だけのためではない。不安、強迫、パニックなどの症状にも頻用される。それにもちろんPTSDにも。そして解離性障害の方々の多くが、これらの合併症を持つのだ。
ところでこのように考えると、PTSDに対してSSRIを処方しながら、解離症状に有効な薬はない、というのもおかしな話ということになる。ここでの議論に見られるように、外傷理論は「PTSDか解離か」という問題をめぐって混乱が見られる。両者は別物、として扱っている一方では、症状に関して重複している部分が多いからである。DSM-5の「PTSD解離タイプ」の概念はその混乱をある程度収める役割を果たすことが期待される。
もう一つ最近の潮流で明らかなのは、解離の研究にもエビデンスに基づくものが重要性を増しているということである。解離のスケールが次々と追加され(例えばCADDS等)、患者の解離の種類や程度を知ることで、解離の症状間の関係性、疫学的な情報、合併症の問題などもよりきめ細かい議論が起きるようになってきている。これは例えば「解離に効く薬はない」というような荒っぽい、どこかの大家が口にしたような、一見本当らしい伝承に代わって、より多くの信頼のおける情報が提供されるようになっているということだ。
さて同論文では引き続き、例の”corticolimbic inhibition model”(皮質辺縁系抑制モデル)の話になる。やはりこれが最近の一番のトピックということか。「解離型PTSD」の場合、前帯状回や内側前頭前野の過活動とそれによる大脳辺縁系の抑制が見られるという。更には神経画像検査で、解離性健忘の患者について調べたところ、海馬及び後頭葉の抑制が見られたという。これは催眠による健忘が起きる際の所見と一致しているとされる。従来トラウマと海馬の関係はしばしば報告され、虐待を受けた女性をPTSDを有する群とそうでない群に分けた場合、前者に海馬の抑制や海馬の体積の現象がみられたと報告されている。この研究は解離と海馬との関係性を示したという点では貴重である。
ところで「痛覚神経生物学 pain neurobiology」という学問があるらしい。痛み刺激に対して脳がどのような反応をするかという実験を行うのであるが、解離のせいに扁桃体が抑制されるという研究が行われているという。これは前論文でも出てきたテーマだが、本論文も紹介されている。催眠や解離性障害の際に痛み刺激を与えると、通常は反応するはずの扁桃体の活動が低下する。特に解離の際には右の扁桃体の活動が低下するという・・・・前の論文にも紹介された内容だが、ソースは・・・・Mickleborough MJ, Daniels JK, Coupland, NJ et al.Effects of trauma-related cues on pain processing in PTSD. an fMRI investigation. J Psychiatry Neurosci 2011; 36(1):6-14 ・・・・・調べて見ると同じでした。

以上の研究を少し日常語にしたい。
まず海馬が解離と関係しているという所見は、解離状態において「本当の健忘」が伴っているという可能性を示唆する。それはどういうことか? 解離性の健忘とは、本当の健忘ではない、と私たちは考えている。突然記憶がよみがえったり、別の人格がその記憶を所有していたりするからだ。ということは脳のどこかには記憶が形成されているということになり、記憶の生成をつかさどる海馬そのものの機能は保たれているということになる。しかしその海馬の失調ないしは機能低下が、解離性健忘に伴っている可能性があるということになれば、解離性の健忘は「本当の健忘」を伴っているという可能性を示していることにもなるだろう。
それと扁桃体に関する研究について。私たちが通常の知覚や感情を体験する際に必須な器官である扁桃体と、解離ないしは催眠の機序との深い関係を示していることになる。海馬の研究も扁桃体の研究も、これらの器官が解離の機制に重要な意味を持っている以上の事を伝えてはいないのだ。今後の研究はまさにこれらの部分に向けられるということになろう。