2011年5月6日金曜日

MSEで何をどのように聞くのか?(後半)

診断面接は後終了まで2分に迫っているのであるが、なぜか時間の流れが遅くなっているようである。ちょうど漫画「巨人の星」で飛雄馬が消える魔球を一球投げるのに数ページを費やしたように。
ところで昨日MSEでは患者の見た目 appearance, 話し方 speech, 見当識 orientation, 記憶 memory, 知能 intelligence, 知覚体験 perception, 思考 thought, 情動 emotion, 感情 affect を調べる(またコピペをしたが、正確さを期して「知能」、も含めた)といったが、これを「精神症状」という。昨日書き忘れた。MSEとは「精神症状検査」とでも言うべきものであるが、適当な訳語はまだないと思うので、このままにしておく。時計の針がもう30分にさしかかろうというときに面接者が忘れてはならないのは、「先ほどの三つを覚えていらっしゃいますか?」である。「先ほどの三つって?って?」駄目だコリャ。ただしかなり有名な先生の診断面接のデモンストレーションでも、この三つを患者に聞き忘れるのである。ある例では、面接者が「では、これで終わります。有難うございました。」というと、患者が「こちらこそ。ところで、先生、まだ私は覚えていますよ。リンゴ、帽子・・・・」。しかし記憶について質問した当の面接者が、それを確かめ忘れるのはしゃれにならないが、それでもってその面接者が専門医試験に落ちるということはない。それはなぜか。
それにより患者を危険にさらすという恐れがないからだ。以下に述べるとおり、面接者は第一に「安全」な治療者でなくてはならない。それを疑わせるような面接を行なわない限り、失格ということはない。(ちなみにそれとの関連で、実際診断面接の試験でこれをやってしまっては落ちる、ということはあまりないが、ひとつ例外がある。それはうつを思わせる患者に自殺念慮を問わなかったという場合である。決定的な質問を失念してしまうことで、その面接者は、安全とはいえなくなってしまうからだ。)
さて患者が2つ、ないし3つを思い出したところでもう1分しか残っていない。MSEでまだ聞いていないことの中で大切なものは何か、ということをざっとさらって見る。ここで私なら「誰もいないところで声が聞こえてきたりすることはありますか。」を聞いておきたい。いくら統合失調症が病歴から疑わしくないといっても、幻聴の有無を聞くぐらいはしておきたい。さらにすでにうつ病の患者に自殺念慮があることを確かめていたとしたら、このMSEではこのように尋ねるのが必須となる。「先ほど死んでしまいたいという気持ちになられるということでしたが、今現在そのような気持ちはありますか。」これに対して答えが「はい。」であれば、次のように問わなくてはならない。「具体的に、どのようにしてそれを実行しようとなさっているか、考えがあればお聞かせください。」これは自殺念慮の切迫さを問うていることになる。
こうして時間は30分の面接の終了となるが、最後には必ず「締め」の挨拶が必要となる。
短い時間ではありましたが、ざっとご様子をお聞きしました。この検査の結果や治療方針については後ほどお伝えいたします。お疲れ様でした。」


診断面接を行なう面接者の資質


以上診断面接の手順について触れたが、ここでは面接者の以下の3つの資質や能力を問うていることになる。
1. 安全な面接者、臨床家か。患者の示す精神科的な所見について、それが患者にとって不利益になったり、他者を害するような可能性を正しく見抜くことができるか。
2. 平均的な臨床家としての臨床的な知識を備えているか。
3. 患者との間に適切なラポールを築くことができているか。
診断面接とは、患者の心に隠されている決定的な病理を探り出すという特別な能力ではない。ごく当たり前の質問を投げかけ、あるいは当たり前の観察眼を持ち、安全であることを期して質問を重ねた場合に、誰でも行き着くような診断的な理解に、その人も行き着けるか、ということが重要なのだ。